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. 家政婦さんは恋人 20
~Yside~
「………ユノさん」
「呼んだ?」
「えっ!?///」
しょんぼりと前のめりにかがみ込むシルエット、なんだよ、せっかくのスタイルの良さが台無しじゃないか
生え際から覗くくるんとした髪、遠くからでも見て取れる落ち込みように胸がキュッと苦しくなる
なんだ、まだこんなに近くにいたんだ………
俺の声に驚いて振り返る君にそっとそっと近づいた
だってね、ここで逃げられたら元も子もない、いや、例え逃げられたって地の果てまで追いかけるから
「ユ、ユノさん、どうして………」
「それはこっちのセリフ、メッセージ送ったのに」
「あ………///」
「電話もしたよ?」
「ご、ごめんなさい///」
しゅんとして俯く前髪が風にふわりと揺れる
堪らず抱き寄せると身を硬くするから、逃げられないようにもっと強く抱きしめた
「ユ、ユノさ……」
「心配なんてすること何もない」
「………え?///」
「俺が夢中なのはチャンミンだけだから」
「で、でも///」
「反論は無し、さ、帰ろ?」
硬く結ばれた唇に触れるだけのキスをして、もう一度腕の中に閉じ込めたんだ
. 家政婦さんは恋人 19
~Cside~
「はあ、なに、やってんだろ………」
テミン君とハグをするユノさんを見て咄嗟に会場を飛び出したものの、勿論行くあてなんてある筈もない
時刻はすっかり夕暮れ時で、道行く人たちも足早に帰っていく
肌寒さを感じて思わず自分の肩を抱きしめる、ああ、やっぱり見に来なきゃ良かったのに
これからどうしよう……
このままユノさんのマンションに戻れないし、かといって自分の家に帰るのも………
トボトボと歩いているとポケットの中でスマホがぶるりと震えた
取り出して画面を見てみると、表示されるのはユノさんからのメッセージ
『チャンミンどこ?近くにいるの?』
『電話に出ないけど何かあった?』
『サイン会終わったよ』
そんな沢山のメッセージを見ていると、ユノさんの顔が浮かんで胸がギュッと苦しくなる
好きってこういう気持ち、なのかな?
こんなにも切なくて苦しくて
でも、こんなにも会いたくて、きっと忘れる事なんてできないよ……
じわりと滲む視界、ああ、なんだ、僕ってば泣いちゃってるじゃん
女の子じゃあるまいし、こんな事で
こんな…………
「………ユノさん」
「呼んだ?」
「えっ!?///」
不意に聞こえた声にハッとして振り返ると、そこには肩で息をする汗だくのユノさんの姿があったんだ
. 家政婦さんは恋人 18
~Yside~
「ふう、やっと終わった」
「ふふん、あんたにしちゃ良くやったじゃない、大盛況だったわよ~」
「はいはい、早く解放してくれよ」
「ちょっと待ちなさいって、まだギャラリーがいんのよ」
イベントのスケジュールを無事終えて控え室のソファにドサリと沈み込む
これが家だったらすぐに寝てしまいそうな程の疲労感、ったく、こういうの本当に苦手なんだって
読者の声が直接聞けたのは貴重だったが、意外にも若い子達が多くて大変だった
読み物しては硬い方だと思っていたし、内容もそれなりに濃いものが多いし
色々な年代の人達に読んでもらえるのはありがたいことだけど
特にあの、最後一緒に写真を撮った高校生?
かなり積極的な感じで畳み掛けるように話してくるからこちらもタジタジで
突然の撮影会にもちゃっかり当たって軽くハグまでされちまって
果ては連絡先まで渡されたような………
一息ついてからスマホを取り出すとメッセージを確認する
今日の打ち上げはパスして帰るつもりだから、ケーキでも買って帰って二人でゆっくりしたい
『ユノさん、僕やっぱりユノさんには相応しくないと思います』
………え?何?
画面に表示されるメッセージは1時間ほど前に送られたもの
朝家を出る時は何の変わりもなかったのに、何でこんなメッセージだとか!!
慌ててメッセージを送ってみるけど既読はつかないし、電話にも出てくれない
思い当たる節を考えてみるがあまりに普段と変わらな過ぎて何も浮かばないよ
「あ、そういや今日チャンミンさん見に来てたわよ」
「えっ!?」
「あのシルエットは間違い無いと思うわ、ふふっ、やっぱり気になっちゃたのね、え、ちょっ!!ユノ!?」
ボアの言葉が終わるか終わらないうちに部屋を飛び出した俺は、まだ近くにいるであろう恋人の元へと走り出したんだ
. 家政婦さんは恋人 17
~Cside~
えっと、これはどういう状況だろう
チクチクと痛む胸を抑えてサイン会を見守っていたけど、イベントの一環として抽選で写真を撮れる権利が貰えるんだとか
そんな話してなかったのに……
予定時間はとっくに過ぎてるのに、未だ大盛況の会場で一際盛り上がる若い子達
一段と目立つ集団の中にいたのはやっぱりテミン君、同級生達に囲まれてキャッキャと騒いでいるのは抽選に当たったから?
………そんな事ってある、のかな
昔おばあちゃんが『悪い事ばかり考えているとそうなってしまうよ』なんて言ってた事を思い出す
ああほら、やっぱり………恥ずかしがるテミン君の肩を抱いてサムズアップするユノさんの姿
さっきスマホに送ったメッセージは当然未読のままで、仕事中なんだから当たり前とは思っても
でも………
こんなに大勢の人が集まる会場じゃ、当然気付いて貰えるわけもなく
必死に送る視線も届く筈もない
そう、ユノさんは有名人なんだ、そしてなによりかっこよくて優しくて
恋人だなんて言われて舞い上がっていたのかな
優しい眼差しは僕だけに向けられるものじゃない?
あんな可愛い子達に囲まれたら、僕なんてただのイケてない家政婦
家事しか取り柄がない…………
「きゃーーーハグしたわ!!」
「やばーーーい」
そんな嬌声の上がる中僕の瞳に飛び込んできたのは、照れながらもテミン君とハグをするユノさんの姿だったんだ
. 家政婦さんは恋人 16
~Yside~
イベントはいたって順調だった
最初は面倒だと思っていたけど、こうして言葉を交わし小説の感想なんかを直接聞いたりして
こういうのも悪くない、よな
高校の頃から書き始めた小説、まさかこんなに大勢の人が読んでくれるとは思わなかった
話を書くのは自己満と思っていたが、共感して貰えるのはやはり小説家冥利に尽きる
そして意外にも若い世代のファンが多いこと!!
歴史を盛り込んだ少し重めの話が多いのに、いや、かえってこういうのが新鮮なのかもしれない
SNSばかりが飛び交う昨今、文章を読む素晴らしさが伝わればいい、なんて
そういやあの高校生はまだ来ていない……?
サイン会に当たったとか言ってた気がするが………
「U.Kさんこんにちは!!」
「はい、こんにちは」
「やだ、覚えてませんか?テミンです、昨日お会いしました!!」
「ああ、昨日の高校生君?」
「はい!!うわぁ、今日もかっこいいですね~ここにテミン君って書いてください」
次々と捲したてられて言われるがままサインをする俺
まさかサインをする方が緊張してるなんて口が裂けても言えないな(笑)
メッセージを書き終わって本を渡すとやけに潤んだ瞳で見つめるテミン君の姿
えっと、この状況は?
「連絡先、書いてます」
「は?」
「あ、握手してください!!」
「あ、ああ」
やらたと推しの強いその子の気迫に負けそうになりながら、差し出された手を取る俺だったんだ